Short*

Escape×2 第四話

 散々な目にあわされた宮田は、伊達に与えられた罰則の精神的なダメージをまだ引きずっていた。当分は忘れたくても忘れられないだろう。鴨川ジムに所属していた時から馬鹿っぽいノリのゲームは全て回避して関わらないようにしていたのだ。それが全国放送で、あの醜態である。
 宮田は軽々しく出演を許した川原ジムの会長と自分の父親を呪った。大晦日にはそぐわないおどろおどろしい雰囲気に、空気をよんでか鬼達は宮田を捕まえようとはしなかった。

 それも宮田のライバルである男が走ってくるまでは、の話しである。


「何だってあの人あんなに怒ってんだ!?」
 お前何したんだよ! と怒鳴る宮田の横で一歩は、何もしてないよ! と叫んだ。負けず劣らずの声量に宮田の苛立ちが大きくなる。普段は情けないほどおどおどとして宮田の顔色をうかがってばかりの癖に、一歩はこういう時ばかり対等な口をきく。だったらはじめっから普通に喋ってろよ! という指摘が宮田の口をついてでたので、言われたことの意味がわからない一歩は「何!? 今何て言ったの宮田くん!」と大声で聞き返した。
 全力で走りながら普通に会話するという芸当に、スタッフから喚声があがる。

 馬車馬のように走り続けている二人の後ろには、鷹村がいる。しかし喋り通しの二人とは対照的に、彼はいつになく物静かだった。普段の鷹村を知っている者としては、無駄口を叩かずに追ってくる鷹村の方がずっと不気味で恐ろしい。
 宮田は鷹村が考えている事を見抜いていた。要するに、一歩のペースが落ちるのを待っているのだ。その気になれば一息に捕獲することが出来るだろうに、それをしないのは猫のように遊んでいるからである。一番効果的な方法で相手をじわじわと追い詰める陰険さに宮田は心の中で悪態をついた。
 鷹村に標的にされているのは一歩のはずだ。しかしその当人である一歩が宮田の走る方へ走る方へとついてまわる。結果として一緒に逃げ惑うはめに陥っているのだ。
「悪ィけど、オレはとまる」
 第一付き合う義理もないしなという宮田の一言に、一歩は泣きそうな顔になった。
「み、宮田くん…そんなこと言わないで助けてよお」
「自分でまいた種だろ。自分で何とかしろよ」
 ゆっくりとペースを落として離脱しようとする宮田に、一歩はすがる様に声をだす。
「や、やめてよ。いやだよ宮田くん! そんなことしないでえ!」
「誤解受けるようなこと言うなよ!」
 涙をためて必死に懇願する一歩をじゃあなと言ってばっさり切りすてて、宮田が足をとめる。すれ違い様に鷹村が「よォお疲れさん」と宮田にむかって声をかけてきたので、宮田はほっと一息ついた。

 宮田が外れても鷹村と一歩の鬼ごっこは終わらなかった。逃げる一歩には体力的には余力があるが、精神的にはすでにがたがただった。逃げれば逃げるほど状況は悪化するということを経験として知っているのに、いざとまろうとしても鷹村が怖すぎて逃げてしまう。
「た、鷹村さあんッ! 何でそんなに怒ってるんですかあ」
 泣きの入りつつある一歩の叫びに、鷹村がこたえた。
「テメーが逃げるからだろうがよ!」
「だ、だって鷹村さんが追ってくるから…!」
「そーいうゲームだろうがよお! 今更何言ってんだお前はァ!」
 鷹村がもっともな意見をほえた。普段の三割ましほどきつくつりあがった双眸がぎらついた。ちらりとうかがうようにして振り返った一歩が射竦められる。言葉につまった一歩は、鷹村の不機嫌そうな顔から目をそらせなかった。


「おい! 走るなら前見て走れタコ!」
「え、うわあっ!」
 余所見をしていたせいで躓いた一歩の背がぐらりと揺れる。鷹村が咄嗟に左手をぐいっとのばしてダウンの襟首を引っつかんだが、体勢を崩した一歩を引っ張りあげられるほどしっかり握り締めることはできなかった。
 鷹村が舌打ちして一歩を自分の身体へとひきつける。
 強引に手繰り寄せたせいで勢いあまった一歩の背中が鷹村の胸にぶつかった。どんっという衝撃を受け流そうとした鷹村だったが、左足が滑ったせいでそのまま後ろへ倒れこむはめになった。
 ざあっという派手な音とかすかな砂煙がたつ。
「この馬鹿が! できもしねえことしてんじゃねえよ!」
 オレ様をわずらわせやがって、と一歩を抱きすくめたまま鷹村が続けた。助けてもらった一歩の方は身体をちいさくさせている。
「す、すみませんでした…」
「悪ィと思ってんならさっさとどけよ」
 自分の太腿の上にまたがっている一歩の後頭部を軽く小突いて、鷹村が言った。慌てて一歩が腰をあげる。鷹村の上から退いて、一歩はすぐ傍で正座した。
「あの、本当にごめんなさい…」
 困り顔で俯く一歩に、鷹村が声をかけた。
「次やったら殴るからな。身体が商売道具なんだからよ、リングの上以外で怪我なんざすんじゃねえぞ」
「は、はい。気をつけます」
 しゅんとうなだれている一歩の頭をわしゃわしゃと撫でた後、鷹村は顔をあげるように言った。言われるがままに一歩が顔をあげる。ばつの悪い表情がカメラの前に現れた。

「情けねえ面すんじゃねえよ。ったくしゃあねーなあ。これっくらいで勘弁してやらあ」
 一歩の額にかかる前髪をかきあげて、鷹村が自分の眉間を触れさせた。こつんと小さな音をたてて二人の距離が縮まる。鷹村の突飛な行為に驚いた一歩が勢いよく後ろへと背を反らせた。グラウンドの土に強かに頭を打ち付けた一歩が「いたたた…」と呟くので、鷹村が豪快な笑い声をあげた。

 昔のドラマでもやらないようなベタなシチュエーションに、一部の女性スタッフは色めき立ったが、大半のスタッフの目は白黒となっていた。一番身近に一部始終を目撃してしまった宮田も同様である。

 生放送であるため司会者は想定外な展開に視聴率の心配をしつつ、ゲーム終了のブザーを鳴らした。



 結果的にそこそこの視聴率で幕を閉じた特別番組だったが、瞬間最高視聴率を記録した一場面として、宮田による迫真の演技と鷹村が一歩に手加減した頭突きをするシーンが何度か別の番組で流されるはめになることを、このときの彼らはまだ知る由もなかった。


[ end ]



掲載日2011年01月01日 A Happy New Year!