1万Hit御礼小説(DEEP BLUE・日広鋼たまさま)
ふだんは宮一小説を書かれているたまさまのお初鷹一ですv たまさんのサイトでリクエストを募集されていたのでついついねだってしまいました。非常にあつかましいお願いにこたえてくださって本当にありがとうございます!
素敵小説の最後に私なんぞの感想がついてしまっては魅力を損ねてしまう! と気づいたので今回は自重させていただきました。
MoonRiver
「でさでさ、本当にヒドイんだよ。『鷹村さん』たら…」
駅近くのファーストカフェ店内。半ベソになり気味な声を抑えた幕之内一歩が、グチグチと愚痴をこぼしまくっていた。
相手は同期同業の宮田一郎。たまたま、ジムの帰りに彼を見つけた一歩が、相談に乗ってほしいと強引に口説いたのだ。
相談というのは、『彼氏』であるプロボクシング世界王者の鷹村守について。
いじめから救ってくれ、ボクシングへ導いてくれた鷹村は、一歩にとってヒーローであり、神様みたいな存在だった。
最初は一歩をオモチャ扱いして、手荒く可愛がっていた鷹村も、何につけても一生懸命な一歩にだんだん惹かれていくようになった。
やがて、そんな二人は極自然に付き合うようになり、周囲から『恋人』と黙認されるような間柄になった。
なったのは、いいことだったけれど…。
「この間、鷹村さん家に食事を作りに行ったんだ。そしたら、食べてる最中に電話がかかってきて…。それも、お水のお姉さんからみたくて…」
一歩が唇を噛んだ。
「僕が目の前にいるっていうのに、盛り上がっちゃって。今度は、どこそこへ遊びに行こうなんて約束してるんだよ。電話が終わった後、それ指摘して怒ったら、何て言ったと思う?」
「さあなぁ…。まあ、想像が着くけど」
宮田が目を細めた。鷹村との付き合いが長かった宮田だ。その分、鷹村の性格や行動については一歩よりも把握していた。
「『浮気なんだから妬くな』だって」
「やっぱり…」
目に涙を浮かべて、口を尖らせる一歩。
「『浮気は遊びで本気とは違う。あの女どもはそれがわかってるプロなんだから、気にするんじゃない』って、大笑いするんだよ。僕、口惜しくなっちゃって」
「茶碗でも投げたのか?」
「炊飯器、丸ごとぶつけた」
宮田は想像して噴き出しそうになった。頭から熱々のご飯をかぶった鷹村を。その後、どんな騒動に発展したのだろうか?
容易に想像ができて、笑いをこらえるのに必死だった。緩む口元を押さえながら受け応えてやった。
「ま、鷹村さんなら炊飯器ぐらいじゃ、つぶれはしないだろう」
「この次は、テレビをぶつけてやるよっ」
「ずい分、ご機嫌斜めだな」
むくれる横顔に、優しい微笑を当てた。
「でも、水商売のプロなら、客の本気や浮気をよくわきまえてるさ。お前が心配するような事態にはならねえと思うけど」
「そうじゃなくて、愛情を浮気とか本気とかで区別するのがイヤなんだ…」
手元のカフェラテをそっと抱えて、一歩は語った。
「浮気とか本気とか、何か愛情を比べるみたいな考えに納得できない。人を好きになるって単純で純粋だと思ってる。僕は不器用だから、好きになったらその人しか考えられないんだよ…」
とつとつと語る一歩の真摯な様子を見ながら、宮田はエスプレッソを一口すすった。
それから、ポツリと呟いた。
「『あんなヤツ』、捨てちまえばいいのに…」
「へ?」 宮田の小さな『さえずり』に、一歩がキョトンとした。
「み、宮田くん、何か言った?」
「別に、」
大きな黒い瞳がこちらを捉える。まろい頬、少年のような面立ち。なのに、ハードパンチャーとして、国内屈指のボクサーに数えられる。
対戦した相手全部を魅了して止まない、そのギャップと瞳。
そして、何もわかっていない『鈍感』。
いつまでも、眺めていると『本音』が出てしまいそうで、宮田は急いでエスプレッソを飲み干した。
店を出るとすっかり日も暮れて、一番星が夜空に輝いていた。
「日の入りが早くなったよねえ」
「もう、師走だからな」
一歩と宮田が暮れなずむ空を見上げた。一歩はそっと頭を下げた。
「宮田くん、ありがとう。それと、ゴメン。色々と君にグチッちゃって」
「いいさ。お前の泣き顔なんざ見たくねえし」
「宮田くんは、ホント優しいなあ。鷹村さんも、もう少し優しければいいのに」
ブツブツと文句を垂れる一歩に、宮田はほろ苦い微笑を浮かべた。
何やかんや言っても、一歩は鷹村のことが好きだし、全部許してしまう。その証拠に、手元には食材がいっぱい詰まったレジ袋がぶら下がっている。今夜もアパートへ行って、食事の用意をしてやるのだろう。
「じゃあ、宮田くん」
明るいサッパリした笑顔で、手をブンブン振って別れを告げる一歩に、宮田は軽く手を挙げただけに留めた。
帰り道にいつもの土手道を歩いていた宮田は、眼下に望む川へふと目をやった。
天空に浮かんだアルテミスの円盤の光を受け、川面は銀砂を刷(は)いたようにキラキラと輝く。
まるで、地上に降りた銀河のような、『月光の川』。
月の川はとてつもなく広い。
宮田は古き良き時代の、ハリウッド映画のテーマソングを思い出した。
いつか、私のやり方で『あなた』を手にするの。
あなたは良き夢見人、私の心を壊した人。
それでも、私はどこまでもあなたを追いかけていくわ…。
「ちぇっ、」
彼にしては珍しく寂しげな、それでいて切ない笑みが浮かんだ。
「人の気も知らないで、幕之内の馬鹿野郎…」
弱気でセンチメンタルのこもった台詞が、整った唇からそっとこぼれた。
かすかな溜め息を漏らして、宮田は銀の川に背を向けた。
私たちは虹の果てを越え、大地の周りにたたずむ。
私の大切で可愛い人。
私と一緒に、『月の川』よ。