相互記念小説(めくれたオレンジ・空人さま)
大神憧れの鷹一界の神さまからいただきました…! 実際は相互記念ではなく空さんのご好意で書いていただいたものだったりしますv ちゃっかりリクエストまでしたというね…!
空さんのところの鷹一夫妻といえば、亭主関白でいてカカア天下。でも夫婦関係は対等で…とまさに私のどストライク鷹一だったりします。一言で言えば「これぞ鷹一である」という公式なんです。
まだ空さん宅へ向かわれていない方! ぜひ急いで、本当に急いで! 見渡すかぎり鷹一という天国ばりの壮観さを味わった方がいいです…! くれぐれもティッシュは忘れずに!
素敵小説のしめに私の感想があっては魅力を損ねてしまう! と思ったので今回も感想は自重させていただきました。空さん本当にありがとうございました! もう一生大事にさせていただきます…!
Hero of the day (日曜日のルンバ3)
「質素だな」
「誰のせいですか」
おなじみの太田荘。時間は正午。
「天ぷらとか油揚げとかねーのかよ」
「入れる予定ありませんでしたから」
狭い居間の真ん中に設えられた食卓に向かい合わせに座り、鷹村と一歩は熱いうどんを啜っていた。
スーパーで売っている3玉100円のうどんで作った掛けうどんである。とはいえ、鷹村のうどん(ほぼ二人前)には、卵が載せられていたので、月見うどんになっている。
「鷹村さんのだけ特別に月見にしたんですから、文句言わないでくださいよ」
「これっぽっちじゃ満足できねーよ」
「もうっ!だから、誰のせいなんですか?!」
「……ちぇ」
太田荘在住の鷹村夫妻の台所情報を書き述べてみることにしよう。
鷹村家の生活費は、鷹村のファイトマネーで賄われている。
世界王者の鷹村と比べると、かなり少ない額と言わざるを得ない一歩のファイトマネーと、釣り船幕之内からの薄給は貯蓄に回されている。
鷹村は振り込まれたファイトマネーやテレビの出演料などを全て一歩に託して、月に数万円の小遣いを一歩からもらうようにしている。──このことを聞くと、鷹村は素晴らしい夫のように思われる。
ところで、太田荘の小さな台所の冷蔵庫はやはり小さく、大食らいの家人のために一歩は毎日食材を買いに行かなければならなかった。そのことを一歩は一度も辛いと思ったことはない。鷹村は一歩より体が大きいので食べる量が多いのは当たり前だし、生活費は十分にもらっている。むしろ、鷹村の健啖家ぶりを好ましく思うほどだ。
だが、不満が一つもないと言えば、嘘になる。
子供のいたずらや、ゲームの様な感覚なのか鷹村は、一歩の目を盗んで冷蔵庫の中身を勝手に食い荒らしてしまうのことがあるのだ。
その日の夕食と、翌日の朝食と昼食の献立を考えてストックしておいた食材が、勝手に消費されてしまうのだ。一歩にとっては迷惑以外のなにものでもない。
結婚して間もない頃は、用意した食事の量が少なかったのかと反省しながら、財布を握りしめてスーパーに走ったものだ。
しかしそれが月に何度も、しかも、一歩が留守の時に限って起こるということになれば、いくら温厚な一歩でも腹に据えかねる。
その日の夕食は、鷹村の強い希望によりカレーライスと決まっていた。
さらに、翌日の昼食はカレーうどん。もちろん、鷹村のリクエストである。
具材の肉は、大奮発してすき焼き用の牛肉。次の日にカレーうどんにするなら、薄切り肉がいいだろうと言う一歩の意見に、鷹村が大いに同意した結果である。
カレールーの箱のレシピに示された個数より多めのタマネギとにんじん。それからしめじと椎茸も購入した。
こうして、カレーが大好きな鷹村のために、一歩はいつもよりたくさんのカレーを作った。それも、国産黒毛和牛の霜降り肉がたっぷり入った豪勢なビーフカレーである。
鷹村は「ウマイ!」を連発しながらカレーライスを腹一杯食べた。
次の日の昼食分のカレーは、一歩が予め避難させていたので心配ない、…はずだったのだ。
その日の朝。一歩は朝釣りの仕事のため、鷹村を一人残して太田荘を留守にしていた。もちろん、鷹村のために朝食を用意して、だ。
豈図らんや。
帰宅した一歩を迎えたのは、流し(シンク)に置かれた空の鍋だった。昼食のためにカレーを避難させていた、あの鍋である。ちなみに、時刻は午前10時過ぎ。
一歩は居間に振り返り様「鷹村さん!」と声を上げた。
片肘を枕に長々と寝そべってテレビを観ていた鷹村が「あーん?」と応える。
「カレーっ!」
「む」
「カレー食べちゃったんですかっ?!」
背負ったリュックサックも下ろさずに、台所と居間の敷居に仁王立ちしている一歩をちらりと見上げた後、鷹村はのそのそと起き上がった。
「一晩寝かせたカレーはやっぱウメーな!」
胡座をかき、偉そうに腕組みをした鷹村のセリフに一歩は言葉を失った。
半ば呆然としている一歩を置き去りに、鷹村は首をぐるりと回してポキポキと骨を鳴らせた。テレビ台の端に置かれていた耳かきに手を伸ばす。
「一歩」
「……」
「オイ一歩!」
「はっ、はいっ!」
鷹村が耳かきを示しているのを目にした一歩は、リュックを部屋の隅に降ろしながら居間に入った。コートを脱ぎながら鷹村の側まで歩いて行き、正座をする。
差し出された耳かきを受け取ると、当然のような顔をした鷹村が一歩の腿の上に頭を載せてくる。
時折「あ゙ー」とか「む゙ー」とか、たまらぬといった風情で鷹村が呻き声を上げるのを聞きながら、一歩は目の前の作業に没頭した。
右耳の掃除が終わったところで一歩が手を止めると、それを察した鷹村がのそりと寝返りを打った。それまでテレビの方を向いていた顔が、一歩の腹の方へ向いた。
左耳を掃除し始めようとした一歩の腰に、鷹村の腕が巻き付いた。
すんでの所で耳かきを退いた一歩が「あ、危ないですよ」と声を掛けたが、鷹村は応えない。そのまま一歩の腹に顔を埋めようとしてくる。
「ちょっと、鷹村さん!」
仰け反り気味になりながら一歩は左手を後ろに付いた。鷹村は一歩のセーターを下に着ていたシャツごと口に咥えて、首を左右に振りながら押し上げようとしている。肉食獣が己の牙で獲物の皮を引き裂こうとする動作だ。
「もうっ、やめてくださいってば!」
鷹村がぐいぐいと押してくるので、一歩は正座の膝を崩して尻餅をついてしまった。
ふざけないでください、と言おうとした瞬間、一歩は「ひゃぁっ!」と裏返った声を上げていた。鷹村が一歩の臍を舐めたからだ。
「あっ、…やっ!」
鷹村が一歩の腹を舐め回す。一歩のセーターとシャツに鼻っ面を埋めた鷹村の呼気が、フッ、フッと獣じみて聞こえる。後ろ手で二人分の体重を支える一歩の腕がぶるぶると震えた。
どさりと背中から倒れ込んだ一歩の両脚の間に身体を割り込ませ、鷹村は両手で一歩のシャツとセーターをまとめてたくし上げた。
なだらかな曲線を描く一歩の胸郭の頂点に、ぷつりと勃ち上がっていた乳首に舌を這わせながら吸い付く。ひゅっと息を吸い込んだ一歩の背が弓形に反った。
ちゅぅ、ちゅっと吸い立てながら、空いた手の指先でもう片方の乳首を捏ね回した。
「んっ、んんっ」
片手で口を覆って声を殺している一歩が、鷹村の身体の下でビクビクと飛び跳ねる。
舌舐めずりしながら顔を上げた鷹村が「声、聞かせろ」と命じたが、一歩は嫌々と首を横に振った。
鷹村は一歩の両手首を掴み、片手でまとめて一歩の頭上に縫い止めた。
睫毛を伏せた鷹村の顔が近づくと、一歩は目を閉じた。目縁に溜まっていた涙が耳を濡らした。
二人の唇が今まさに触れ合わんとしたその時、一歩の鼻先をある匂いが掠めた。
一歩がパチリと両目を見開くと、睫毛に絡んでいた涙の粒が弾けて鷹村の頬に散った。
鷹村が「どうした?」と問うのと、一歩が「鷹村さん!」と言ったのは同時だった。
「誤魔化そうったって、そうは行きませんよっ!」
鷹村は「あ゙ぁ?」と片眉を跳ね上げた。
「何のことだ?」
これ以上一歩に喋らせまいと、鷹村は距離を縮めようとした。一歩は鷹村の肩に手を置いて、彼に押し負かされないように力を込めた。
「カレーうどん!作れなくなっちゃったじゃないですかっ」
「今それどころじゃねーだろが!」
それよりコッチをなんとかしやがれ、と鷹村は熱くなり始めた下腹を一歩の両脚を割るようにして押し当てた。
「もうっ!鷹村さんのバカ!!」
一歩は鷹村の下で身体を捩らせて逃れ出ようともがいた。
「観念しろってんだ、コノ!」
鷹村は一歩に押し付けた腰を上下に揺すりたてる。
「ぎゃーーーっ!!」
「ぎゃーってお前、色気なさ過ぎだろが!」
「色気より食い気の人のセリフですか!」
「人を何だと思ってやがンだテメェ!」
「何って、ただの食欲魔神じゃないですか!!」
「よーっし、よく言った!一歩テメェ、ただじゃすませねぇかンな!」
「それはボクのセリフですよ!今度という今度は許しませんからねっ!」
「腰ガッタガタになるまでヤったらぁっ!」
「そんなことしたら、晩ご飯抜きの刑ですからねっ!」
想定外の一歩の脅し文句に、鷹村の動きが一瞬止まる。一歩はさらに捲し立てた。
「明日の朝ご飯もお昼ご飯も絶対に作りませんよ!!」
『ゴホン!』
誰かの咳払いが聞こえたと同時に、鷹村は上体を起こした。目にも止まらぬ速さで一歩を抱き起こし、己の背に庇うように隠した。
「お取り込み中のところ、邪魔をしてすまんな」
鷹村とよく似た、だが別の人物の声。
「わかってんならとっとと帰れ」
炯々とした眼光で戸口に佇む人物を射ながら、鷹村は怒りをにじませた低い声で唸った。
「つか、勝手に入ってきてんじゃねぇぞコラ」
「ノックはしたんだがな」
「返事はしてねぇぞ」
「往来まで聞こえるような言い争いだったからな。さぞかしご近所迷惑だろうと思って止めに来たんだぞ」
鷹揚な口ぶりの来客──鷹村の実兄・卓は、弟の背後で目を点にしている一歩に視線を向けた。
「やあ、一歩くん。久しぶり」
「勝手に話し掛けてンじゃねぇ!」
後ろに目でも付いているのか、鷹村は一歩と卓が顔を見合わせられぬように己の身体で巧みに壁を作ろうとし続けた。
「おっ、義兄(おにい)さん、ごっ、ご無沙汰してます!」
鷹村の肩越しに卓にあいさつをしながら、一歩は慌てて乱れた着衣を整えた。
「元気そうでなによりだ」
「はい。あの、おかげさまで」
「オレ様のおかげだろーが!」
「いつも守が無理を言って困らせているようだな」
「いえ、そんな…」
「困らせてねーよ!イチャイチャしてるだけだっつーの!!」
「全く、誰に似たんだか」
「つかテメーとっとと帰れ!」
犬歯を剥き出しにした鷹村が腰を浮かせた。獣が敵に飛びかかる前の体勢だ。一歩はハッとして鷹村の腕に縋り付いていた。
「た、鷹村さんっ!」
一歩が「ダメですよっ」と鷹村の耳許へ囁くように制止の声を掛けると、今にも卓を射殺しそうだった鷹村の険相が取れた。
弟の張り詰めていた全身の筋肉の緊張が、一瞬にして解けるのが見て取れたことに、卓は感嘆せずにはいられなかった。
一歩は居間の食卓の前に正座をし、熱心に書き物をしていた。電卓を叩いてメモ用紙に数字を書き込み、検算を繰り返す。
「2割増し、いや、5割増しで計算しとけよ」
「何言ってんですか。むしろ2割引で計算しなくちゃいけないくらいですよ」
「バカ言え」
鷹村は書類を覗き込んで横槍を入れるのに飽きてしまったのか、ふいに姿を消してしまった。
昼前に現れた卓の用件は、釣り船幕之内のチャーターについてだった。
卓は来月に行われる鷹村開発の取締役会の定期親睦会の幹事を任されたそうだ。金も暇も持て余した老人達を楽しませるために卓が思いついたレクリエーションは、豪華な御座船での東京湾周遊ではなく、庶民的な釣り船で沖に出て、自ら釣った魚のみを食す、というものだった。
候補の日にちを2,3挙げ「概算で構わないから見積もりを出しておいてくれ」と卓は一歩に依頼して帰って行った。
普段の鷹村なら「そんな依頼断っちまえ」言いそうな物だが、そう言わなかったのは、釣り船幕之内の収入に関わることだからだ。
一通りの計算を終えた一歩は、ふう、と大きな溜め息を吐いた。
「あ、そうだ!」
一番大事なことを忘れてた、と独り言ながら一歩は電話機へ膝行した。電話機を持ち上げて再び食卓まで膝行して戻った一歩は、幕之内家の番号をプッシュした。
一歩が実家の母に電話をして、卓が希望していた日程が他の予約で埋まっていないかどうかを確かめている最中に、鷹村が帰宅した。
「じゃぁ、来月の15日と22日。二日とも他に予約入れないようにしてもらっていいかな?、……うん、うん」
ガサガサとビニール袋の音が近付き、一歩の背後に鷹村が腰を下ろす気配がした。
「ありがとう母さん。じゃぁまた明日」
電話を切った一歩の口許に、何かが差し出される。何ですか?と言いかけた唇の間に押し込まれたのは、剥いた甘栗だった。
芳ばしい栗を咀嚼しながら、一歩は後ろを見ようとした。すると鷹村は、一歩の背中にのし掛かるようにして身体を密着させて、一歩の肩の上に顎を載せてきた。
二人羽織のような体勢で食卓の上に腕を置いた鷹村が、甘栗に親指の爪を立てる。
パキン!と乾いた音が鳴る。左手に摘んだ栗を親指と人差し指の腹で押すと、パチンと弾けて硬い皮が真っ二つに割れた。太い指が器用に動いて渋皮を剥がす。
「ん」
一歩の口許に甘栗が差し出される。一歩がそれを素直に口に入れると、鷹村はまた新しい栗を剥き始めた。
それを何度か繰り返した後、一歩は見積書の清書に取り掛かった。
鷹村は相変わらず二人羽織状態で栗を剥き、一歩の口許に運び続けた。おかしな事に、失敗して割れてしまった栗は鷹村が食べる。上手に剥けた栗だけを一歩に食べさせるのである。
「鷹村さぁん」
「おー」
「夕飯、何にします?」
一歩が尋ねると鷹村はほんの一瞬だけ動きを止めた。一歩は自分の肩の上に載った鷹村の顎の感触で、彼が微笑んだのを識った。
「久しぶりに鍋が食いてぇな」
「何鍋にします?」
「そーだなー」