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Escape×2 第三話

 残り時間30分となった時だった。息も絶え絶えに疲労が出てきた逃亡者たちにとって、最悪なBGMが流された。どこからともなくウルトラマンセブンが聞こえてくる。この時点で予測できる事といえば、鷹村守の参戦だけだった。
「き、木村さん! これって…!」
 鷹村さんだ…! 三人が顔を見合わせて言った。戦慄の入場曲にあわせて、グラウンドからは悲痛な悲鳴がひっきりなしである。誰が犠牲になったのかもわからないが、少なくとも外にいる人間が全力で逃げ惑っていることだけはわかる。
「よし、こっからは別行動にしよう」
 木村の提案に一歩の瞳が揺れた。すがりつくような眼差しから逃げるようにして木村が顔をそらす。
「かたまってたら全員やられるぜ。ここはバラけて逃げた方が生き残る確率があがるだろ」
「確かにな。ヘタうちゃあ一人捕まっただけで芋づる式に…」
 青木の発言は想像しやすい最悪の事態だった。一歩は思わずうわあと呟いた。実力のあるボクサーたちをちぎっては投げちぎっては投げ迫り来る鷹村を前に、なす術もないだろう。自他共に最強である彼をとめられる人間はいない。
「じゃあ、幸運を祈って」
 がしっと手を握り合って励ましあった三人は、そのまま別方向へと歩き出す。木村は階段を下り、青木は上がっていった。一歩はそのまま廊下をすすんで教室棟へと向かっていく。



 青木と木村が戻ってきて合流したのは、一歩の姿が曲がり角で消えたあたりだった。すでに見えなくなった一歩の背中に無言のエールを送る二人は、拳を付き合わせた。
「うっしゃ、これでオレらは助かるぜ」
「尊い犠牲だったな…」
「ああ、オレらは忘れないぜ一歩ォ!」
 小躍りしながら大口をあけて爆笑する二人は、端から一歩と一緒に逃げる気も一人ずつばらばらになる気もなかった。こすいやり口だが、こうする事で災いを防げるのならためらっている場合ではない。相手はあの鷹村なのだ。彼の上着に刻まれた罰則が判明していない今、一歩を一人放流することがもっとも効率のよい方法だった。

 一歩を拾ってきたのも見出したのも鷹村であるせいか、彼は妙に一歩に構いたがるところがあった。うてば響くというように、からかえばすぐに顔を真っ赤にして慌てるところが新鮮で面白がっているということは傍から見ていてもよくわかる。実際に青木や木村も同様の理由で一歩にちょっかいをかけることがあるので、鷹村が一歩をかまいたがるのもわからなくもないのだ。
 しかし度がすぎているんじゃないかと思わされることもたびたびある。ほどほどにしといてやってくださいよと木村が制止することも頻繁だった。
 つまり鷹村は意外と粘着するタイプなのだ。からっとした性格のイメージばかりが先行して見落としがちだが、実質ちいさなことにいちいち拘る上に、人にやられたことは絶対に忘れない。幼少期の彼はひとつのおもちゃに執着するタイプだったに違いない。そう思えてしまうほど、お気に入りをつくる男だった。
 さしあたり今一番気に入っている一歩をこのゲームでもターゲットにするに違いない。そういった確信を持って青木と木村は目配せしあったのだ。もちろん仲間はずれにされた一歩は知るよしもない。
「可哀想だが仕方がない。アイツはオレらじゃとめられねえし」
「傲慢極まりないボスゴリラだからな」
 言えてる、と青木が木村に賛同した瞬間だった。二人の肩に何か重たいものがのしかかってきたのは。
 たたらを踏みそうになった木村がぐいっと後ろにひっぱられる。がっちり捕まえられた青木は身動きすらできなかった。笑顔を引きつらせた青木と木村の目線がぴったりと重なる。
「誰がボスゴリラだって? ん?」
 オレ様にもわかるように説明してみろよと言って満面の笑みで待ちかまえている鷹村に、両名は絶句した。





 断末魔の悲鳴があがった校舎を振り返って、一歩は青木と木村の冥福を祈った。
 結局あの二人と別れたあとしばらく一歩は校舎の二階で時間をつぶしていたのだが、運悪くハリセンを右手に構えた今井と鉢合わせしてしまった。いきなりのことで驚いているうちに捕まってしまい、遠慮がちに断りを入れたあと渾身の力でハリセンを振り下ろしてきた今井に強かに叩かれた。結構な衝撃だったので蹲って頭をおさえていると、鼻フックとかかれた上着を着こなしている板垣がかけつけ、あっという間に二人が激しい口論をはじめたのだ。
 一歩はその隙をついて校舎外へと逃げてきたのである。グランドにもそこかしこに鬼が潜伏しているため、正直八方塞なのだが鷹村に見つかるよりはずっとましだ。スタミナには定評のある一歩なので、あと20分少々走り続けたところでガタがくることもない。
 別に命の危険性があるわけではないのだが、なるべくなら厄介ごとには巻き込まれたくないというのが人間だ。もともと事なかれ主義である一歩としては、現状鷹村自身が面倒ごとのようなものなので、できることなら回避したい。感謝と尊敬はしていても、やはりいじられるのは勘弁願いたかった。


 歩いているよりは走っている方がいいかも、と右足を踏み込んだ時だった。
 急に背中から引っ張られたため、一歩がバランスを崩す。胸で受け止めたのは千堂だった。
「せ、千堂さん…」
「いつまでも呆けとらんで、ほら手ぇだし」
 にこやかな千堂に促されて一歩が右手を差し出す。ダウンの胸元でとりあえず拭った右手に、千堂の右手が重なった。ぎゅうっと握られて一歩の目がまるくなる。
「ああ。ワイ握手やねん」
 ここんとこ見てみと言われるままに、一歩の視線が千堂の胸元で落ち着いた。確かに握手と書かれている。
「せや、宮田にはもう会うたんか」
「宮田くん?」
 予想外の人物の名前が千堂からでたので、一歩はオウムのように繰り返した。千堂が含み笑いを浮かべながら頷く。
「まだ会ってないですけど、どうかしたんですか?」
 困ったような顔でうかがう一歩に、千堂は会うたらわかるとだけこたえた。笑いを耐えているのか千堂の唇の端がこまかく動いていた。


「そこにいやがったか、一歩ォ」


 千堂の手を素早く振り払い、声のする方へと顔を向けた一歩はひっという悲鳴をあげた。丁度校舎の玄関から鷹村が姿を現したのだ。わずかな照明に照らされた彼の上着には頭突きという文字が躍っていた。
 先ほど耳にした青木と木村の悲鳴は、鷹村の頭突きによってもたらされたのか。
 一歩の顔色が面白いほどすうっと青くなる。まだ何もされていないというのに、思わず一歩は自分の額を隠した。
 鷹村が足を踏み出すごとに、じりじりと一歩が後退する。
 完全に取り残された千堂は二人の攻防に興味をうつした。一歩の脚力はなかなかにあなどれない。瞬発力のみならばいい勝負をするのではないだろうか。
 本人もそこに望みをかけるだろうという千堂のよみは的中した。
 先に仕掛けたのは一歩の方だった。ガゼルのように俊敏な動きを見せた一歩に千堂が目を見張る。地を蹴った足が細かな砂埃をまきあげた。
 素早い身のこなしに鷹村が凶悪そうな笑みを浮かべた。ゆっくりと一歩の向かう方向へ目を走らせる。
「そォんなにオレ様から逃げたいってーのかよ。上等だこのヤロオ!」
 すぐさまトップスピードにのせて追いかける鷹村は猛獣のようだった。非常に稀な雄ライオンの狩りにでも遭遇したような気分で、千堂が目を輝かせる。


「まっくのうちィ! 早う逃げんと追いつかれるでえ!」
 野次馬のポジションからエールを送る千堂の声は、グラウンドの闇にのまれていった。


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掲載日2011年01月01日