Short*

Love will find a way! 前編

 千堂の選択肢の中には端から遠距離恋愛なんてものは入っていなかった。自分の恋人に会うにも話すにも何かにつけて不自由するような関係では面倒になってすぐに終わってしまう。したいときにイロイロできないというのは恋のモチベーションを下げるばかりで、会えないことに焦がれて盛り上がるのはせいぜい初っ端の数週間、つまりは一月そこそこといったところである。そないなもんまだるっこしゅうてかなわんわというのが千堂の本心だった。


 そもそも千堂武士は面倒ごとが大嫌いな男である。そう言うと意外に思われるかもしれないが、とりわけ異性関係においては食い散らかしてきた分トラブルが尽きなかったため、二十歳をむかえる頃にはもう懲りていたのだ。落ち着いたと言い換えてもいい。女の子は好きだが、彼女たちが修羅場で見せる般若の形相はもう見たくなかった。
 しかしいささか恋愛に消極的になったとはいえ、千堂もオスっぽい男である。所謂大人のお付き合いというやつはそのまま継続していた。身体だけの恋人は非常に手っ取り早い上に気が楽だったのだ。世間的には褒められたものではないが、千堂自身はその手軽さを気に入っていた。
 が、こちらのお遊びもある日を境にぴたりと止んだのだ。

 特定の恋人、とやらができたのである。千堂の素行に頭を悩ませていた柳岡は、肝心の相手を知らないために手放しで大喜びした。これでやっと落ち着いてくれるに違いない、とこっそり男泣きまでしてみせた。
 しかしこの千堂の相手というのがまた厄介で、のちに柳岡は東京まで出向いて宮田一郎の父親に悩みを打ち明けたりするのだが、それはまた別の機会にでも記すこととしよう。


 とにかく、ズボラなわりによくモテる千堂であったがこと今回の恋愛には苦戦を強いられたようで、なんと片想い歴二年あまりというのだから驚きである。この際相手が幕之内一歩という男性だということはおいておくとして、あの千堂がまごまごと二年も過ごしてしまったというところに着目すべきだろう。短期決戦が信条の彼だけに、よもやここまでの長期戦となるとは夢にも思わなかったに違いない。
 しかし千堂とて何もしなかったという訳ではない。たしかにふつうの恋愛とは勝手の違う相手だけに、どう切り込めばいいのかすら手探り状態だったのだが、それなりにアプローチはしていたのだ。
 まず手始めに顔をあわせる時間を増やすためにちょくちょく東京へ遊びに行くことから取り組んだ。こまかな約束をとりつけるために電話連絡も欠かさず、とにかくまめに話しかけ、じわじわと一歩のお友達という地位を奪取した。もちろん彼の家族の心証も大切である。細心の注意をはらって「いいお友達」を装った。男の下心はしっかり隠し通したのである。
 このあっぱれな作戦のおかげかそこまでの段取りはなかなかにスムーズだったのだが、千堂は大事なことを失念していた。

 一歩自身が飛びぬけて鈍チンだということをすっかり忘れていたのである。

 このたったひとつの障害のせいでそこから恋愛に向けてのステップがまったく踏めずにいたのだ。
 片想い期間のほぼすべてをそそぎこんでようやく告白にたどりつけたと言っても過言ではない。千堂の性格を知る柳岡や星からしてみれば、嘘のような我慢強さを発揮しての奮闘ぶりだった。


 そうこうして、無事にとは言いがたいかもしれないが、紆余曲折、すったもんだの末に晴れて一歩と恋人同士になった千堂だったが、現状頭を抱えることがひとつだけあった。

 まったく進展しないのである。

 お付き合いがはじまって一年、あれよあれよという間に時間がすぎてしまい、結局セックスはおろかキスのひとつもしていないのだ。千堂がはっとしたときには時すでに遅く、一歩のゆったりとしたマイペースっぷりに流されてしまい、気づけば一年かけて数回手をつないだかつながないかという甘酸っぱすぎる関係に甘んじてしまっていたのだ。こんなん恋人いうんやろか? というのが千堂の言である。

 遠距離なんざ面倒、恋愛は飽きたからもういいという己のポリシーを曲げてまで手に入れたというのにこれではあまりにもひどすぎるのではないか。しかもちょっと「まあこんなんもええかな」なんて思っていたというのもどうなのだろうか。このままじゃ男としてダメんなると千堂は思い悩んだ。
 こういう時に頼れるのが同性の先輩である。
 ところが生憎、学生時代から懇意にしている先輩なんてものに心当たりがなかった千堂は、苦肉の策で身近な人物をあたることにした。こうして抜擢されたのがなにわ拳闘会の後輩・星洋行である。
 苦労性のトレーナーこと柳岡を選ばなかっただけまだ良識がある方だが、千堂自身もこの人選には不安を覚えた。しかし一刻も早く打破すべきはおままごとのような恋愛関係である。四の五の言ってる暇はないと千堂は腹を決めたのだった。


 そして意外にも星は優秀なアドバイザーだった。

「ムードっちゅうもんを考えなあきまへんわ、武士さん」
 と千堂を諭した彼は、朴念仁に見えてその実6年もの間お付き合いをしている女性がいるとのことだった。まさかまさかの意外性である。
 助言が大半であったが千堂に言わせればノロケ半分にも聞こえる数々のアドバイスは正直非常に助かるものばかりであった。もう目から鱗がでるどころではない程の実用性である。
 しかし無骨な男である星の口から、すらすらと恋愛だのデートだのひたすら不似合いな言葉ばかりが飛び出してきたので、千堂は終始たじたじとなった。気圧されながら「さ、さよか」と頷いて同意するのでやっとだったのである。

 そんな彼らの会話の一部を抜粋すればおおよそこういった流れだった。


「一歩さんのことやから、武士さんの誕生日を忘れるっちゅうことは先ずないんでっしゃろ?」
「ワイかてまだ名前で呼んどらんのに何でキサマが堂々と一歩さんなんて呼んどるんや! このどアホ!」
 ごつん、と頭を殴られた星が一歩のことを訂正して「幕之内さん」と呼びなおした。先輩が自分に理不尽なのはいつものことだったので、星はたいして気にせずにそのまま話しを続けた。
「…せやからあえて何もいらん言うて、そこんとこで勝負したらええやないですか」
 勝負、という言葉に千堂が眉を動かした。星が黙っていればそのまま「なんもどつきあいがしたいっちゅう話しやないで」とふざけたことをぬかしそうな表情をしているだけに、心中でため息をついたのは言うまでもない。
「ええでっか武士さん、勝負いうんはここで決めたれってことですわ。ワイはおまえがおるだけでええって囁いたって、そのままキスに持ち込んだらええっちゅう話で」
 なんもどつきあいしろなんて言うてまへん、という星の言葉をさえぎって千堂は感心したように「なるほどなー。せやけどなんやキサマ、見た目にそぐわんだけで中身はずいぶんな色男やないか」と言った。
 その言葉がまんざらでもなかった星が、彼女との馴れ初めをしゃべりはじめようとしたので千堂は彼の刈り上げられた頭部を軽く叩いてやった。こぶしではなく平手うちだったのは彼のすこしばかりのやさしさである。


 ともあれ、こうして強力な味方をつけた千堂は、ありがたい星のお言葉によりファースト・キッスを成立させるべく一歩の実家を訪ねにきたのだ。もちろん事前に了承は得ている。何を隠そう一歩の方から「渡したいものがあるので、遊びに行っても構いませんか」と誘われているのだ。
 そこですんなり頷いておけばいいものを、うっかり舞い上がってしまった千堂が「なんや、わざわざすまんかったな。ワイの方から出向くさかい、気にせんと家で待っとり」と返答してしまった故の旅路である。時間にして約4時間の小旅行だった。
 余談だが、お付き合いをはじめてからというもの、なかなか一歩が大阪に遊びにこないことに若干やきもきしていた千堂だが、種を明かしてしまえば、だいたいこうして自分の方から東京に足を運んでいるせいであった。


 後にこれが原因でちょっとした喧嘩に発展してしまうのだが、それもまた今度話すこととしよう。


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掲載日2011年05月05日